3L 研究所

ツギオミカドヤモリと日常や雑記を綴るブログです

飼育者の「質」と個体の「質」は合致しない



前回、近々と言いながら1週間経ってしまいました。


サイズを計測の際の問題点ですが、
やはり一番はカメラを片手に一人ではキッチリ計測した状態を撮れないことでしょうか?
撮る人なり個体をおさえる人なり誰かもう一人いれば話は別ですけど。

個人で計測して状態を把握する分には問題ないんですけどね。

絶対的に正確な数字ってのはなかなか出せないにしても大方の数字を出すことは割と簡単なことです。
大きな数字で表示されてるメジャーに個体を乗せればいいだけのことですから。

前にも書きましたが数字が大きく表示されたメジャーは通販でも安くありますし、
ホームセンターに行けば釣具コーナーや日曜大工コーナーなど品揃えある店には大体あります。
入手はそんなに難しいことじゃありません。



では、早速やってみます。

撮影前はケースなりケージから出して直ぐに測ろうとせず、
出してから少し落ち着かせてあげると幾分扱いやすくなるかもしれません。

カメラ片手にカシャッと。

これくらいなら一人でも撮れます。
カメラのストラップが写っちゃってますけどね…
DSC_0357_0.jpg


この写真の状況だと頭部側の線から少し出た鼻先部分と
少し足りない尻尾の先端部分を詰めればおおよその数字が出ます。

メジャーのメモリをみて頂くとわかりますが、
この子の場合は両端を詰めると、この状態で36cmほどです。


ですが、後ろ足の部分を見てください。
経験ある方ならわかるかもしれませんが足は力んで踏ん張ってるのがわかると思います。

計測する方はここがいつも難しいって方は多いのではないでしょうか。
ここが力んでると下腹部はピッタリ底部には当たらず、
どうしても盛り上がるように浮いてしまったり上方や側方に曲がったりすることも多いです。


ここ。 この○で囲った部分ね。
DSC_0357_0_1.jpg


ここの問題を上手く出来れば更に正確に近い数字が出せます。

この写真の状態だと流石に2cm-3cmとまではいかないですが、
撮影時の状態次第では個体の力み加減や湾曲加減の状況次第で1cmくらい左右されることは結構あります。

上記でも書きましたが、この画像の状態もそうです。
この部分を手でしっかり伸ばして押えることができれば更にもう少し伸びますので画像よりも正確な数字が出ます。


ですが、そうなるとやはりカメラ片手に一人でやるには難しいです。
そのためには個体を真っ直ぐに押えてもらう人と写真を撮る人のもう一人必要です。


それでも、この画像程度のいい加減な測り方でも個体のおおよそのサイズが写真に出せます。

誠実や誠意をもって写真を撮りアップすれば何も疾しいことは無いはずです。
なので写真で数字をもってだすことは何もそんなに難しい事ではありません。

あと、これは前に聞いた事なのですが、
「小さい」からと言って公表することを恥ずかしがるなんて気持ちは一切要らないですよ。
堂々とシェアしてください。

どんな個体であれ、大切にされた個体はそれだけで「本当にツギオが好きなマニア」なら魅了させることが出来ますので。



以上、簡単では御座いますがこんな感じで。


きっちり計測して写真に収めたいならもう一人協力者を。
誤差を出来るだけ最小限でおおよそのサイズを出したいなら一人でもこの程度の計測と撮影でも十分出せると思います。



最後に個人的意見ですが

サイズに拘るのもいいですが
普段の状態や肥満や病気などに気をつけた飼育や管理
何よりも個々の持つ特徴や個性が表れたことへの重視
どんな個体であれそこに隔たりを設けず大切にされているのか

そういった面でも飼育者として大切なことだと思うし
飼育の面白味や難しさであったり
ツギオの大きな魅力だと私は思います。

なので大事にされ仕上がった個体には血統云々やサイズ云々、詳細など問わず魅力を感じます。





Category : 総合
Posted by leachies on  | 0 comments  0 trackback

福祉とツギオミカドヤモリ



このガムは凄く価格が高い。
20160128112544_0.jpg


1000円もする。
こんな高級なガム食べたことない。
幾らガム中毒な私でも簡単に手を出せるシロモノではない…



これは最近読んだ絵本
20160129164855_0.jpg


頭と心への栄養を兼ねた勉強のため
個人的に読んでみたかったってのもあるけど。


人の数だけ人は違う。当然だ。
その人の性格や人格、生きてきた軌跡、環境、考え方や物事の捉え方、人との向き合い方…
みんなそれぞれ違う。
違う分だけ此方からのコンタクトやケアも違ってくる。

この辺りが最も難しいところだ。


人は最期まで不安や苦痛と言ったものを抱える。
最期んときまで穏やかでした…は、意外と少ないらしい。
その自覚がなくても終末期になると潜在的だったものが突然と出てくることも多いみたい。


うちの父方の祖父ちゃんはガンで、まだその頃は緩和ケアなんてものは殆ど認識されていなかった。
最期まで苦しみました。


父方の祖母ちゃんは、当時、私は札幌での生活を全て捨て地元に帰り私が自宅で介護した。
今よりも遥かに未熟だった私は祖母にきちんとしてあげられたのか今でも疑問だ…
家族や親戚すらの誰からの感謝の言葉ひとつなく、
それどころか通夜や葬式の時は一部からは責められ
正直、強い罪悪感だけが残っている思い出だ。


母方の祖父ちゃんは認知症だった。
自宅では手に負えなくなり特養に入った。
職員さん達は祖父ちゃんのことをいつもあたたかく接してよくしてくれた。
死の前後は多少苦しみはあったかもしれないけど最期は眠るように旅立った。
担当の職員さん達も泣いてた。


私が行った福祉の学校の講師の一人がこう言った
「利用者が亡くなった時、御家族と一緒に泣くのは介護士として失格だ」…と。
私は断じて違うと思う。
その講師の授業を受けていたとき私は心の中で「このババア何言ってんだ?」と思いながら聞いていたのを覚えている。
決して失格なんかじゃなく、むしろそうゆう人材は社会に必要な存在だと思うんだけどな。



終末期などに入る緩和ケア
全人的苦痛という言葉がある。
肉体的なものは勿論あり、精神面、社会的なもの、心理やスピリチュアル
そういった部分を見極めたり向き合ったりして、その人に必要なケアにあたる。
看護師さんと連携することが多い。

余談だけど、女性の看護師さんは気が強い方が割と多くて個人的には好きだ。


私はその人の最期のときまでお互いが一人の人間として一個人としての存在を大切にした尊厳・尊重といったものを大事にしていきたい。

そこらじゅうに多くいる事務的で機械的なあくまでも業務的な「作業」だけをするワーカーや、
業種の性質上から立場や態度が大きくなってしまう勘違い人間が恐ろしい事に一部に発生しているのも事実だし、
完全に金儲けに走ってる連中のような人間には絶対になりたくない。

でも、そうゆうのが多く蔓延ってるのも現実。


日本はあまり福祉に対して国自体で評価していないってのも背景にあるのかもしれない。
社会的にも偏見や差別的なものも結構受けることも多い。
ケアを必要とする側の人やケアをする側の人どちらも両方に対し全く理解のない人も多い。
そういう国として歩んできてしまったから社会にも理解が養われなかったってのもあるんだと思う。


一つ言えることは私は私として気持ちや心に真っ直ぐに向き合いたい姿勢だけは唯一の取り柄だと思ってる。
これが最高のスキルとして人が生きて最期の時まで役に立てるならと思ってる。

でも誰にでも最高だなんてケアはない。やっぱり人それぞれ人生観は違うから。

難しい…。


余談だが因みにNPDの性質が強い方は更に難しい。
こうゆうときは逆にズバズバガミガミ言える気がかなり強いような人が担当してみるのが合うのかもしれない(笑)
肝っ玉おばちゃんみたいなね。


まあ、あれだ。
偉そうなこと書いたけど、そんなケアする側の私も遅かれ早かれ時期が来れば死ぬ。
いつか死ぬその時までずっと「生きる」勉強なんだろうな、きっと。





さて、ツギオミカドヤモリですが

DSC_0029_20160202114844500.jpg


DSCN0421.jpg


こう比べて見ると同じものであっても個体が違えば同サイズでも全然違うもんだ。





大きな数字のメジャー
DSCN9798.jpg


DSCN9825.jpg


DSCN9827_201602021247490c1.jpg


DSCN9841.jpg



更新してなかったのでだいぶ遅れましたが、名無しの鍵コメ様

過去記事にありますが、このように数字の大きなメジャーがあります。
ホームセンターや釣具屋とかにあります。
サイズみるならこのようなメジャーもあるんですから全長を表すことは何も難しい事じゃないですよ。

キッチリピッタリ測ったのをカメラで撮るとなると一人でやるにはちょっと難しい(無理かも?)ですけどね。
でも、ポイントを要所要所何とかすれば誤差も最小限にほぼほぼくらいなら撮れる!…はずです(笑)

近々やってみますね。
気が向いたらの話ですが…





Category : 総合
Posted by leachies on  | 0 comments  0 trackback
該当の記事は見つかりませんでした。